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愛とはなんぞ
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    ツイッターに、いろいろな人の名言を定期的に流してくれるボットがあって、主に文化人を中心に登録しているのですが、これがなかなかどうして面白い。

    その中で先ほど見つけた美輪明宏さんの言葉。シンプルなんだけど、とっても的確で胸がすっとした!


    「 好きな人のために何かしてあげたい。しかし、その気持ちの根底には、「だから自分にも優しくして」「もっと尽くして」という見返りを求める気持ちが微塵もないとは言い切れません。そこに愛はないのです。 」


    先日、前田大輔先生のセミナーで、「愛とはなんぞや」という話があったのですが、私は先生の出した答えがずーっと疑問で疑問で。

    それは「あなたの生命を大事にすること」

    相手の生命を生かす。そのために、生命を抑圧するもの、生きにくくしている要素を探して見つけて紐解いて軽くなるよう精一杯お手伝いすること。

    こんな感じだったと思う。たぶん。何か釈然としないフィルターがかかってたんで、曲解してるかもわかんないけど。

    理屈ではわかるのですが、身体が何か違うと訴えるのです。何か今一つ腑に落ちないのです。何か引っ掛かって、どうにも上っ面な感じで気持ち悪いのです。

    何となく答えは見えていたんだけど、さっき、この美輪さんの言葉を読んでストンと落ちた!

    答えは、もうずっと前から私の中にあった。

    私はたぶん、愛を知っている。

    身体が感覚が魂が知っていると深く深くうなづいている。

    愛ってきっとそんな理屈で片付けられるものじゃない。

    そんなごまかしのきくものじゃない。

    簡単だけど、人によってはとてつもなく困難。恐ろしく簡単なのだけど。やっぱり難しい。

    ずーっと身体と魂が違う、違うと言い続けていたことが形になってくれた。

    根底に、エゴ、我、満たされない思い、自分を見てほしい、わかってほしい、賞賛してほしい、といった「自分を中心にして他者に見返りを求める気持ち」「自分が望む反応が返るよう他者をコントロールしたい気持ち」が潜んでいる場合、いくら行動がきれいでも、そこに愛は無いのだ。

    だから、先生の言った愛の定義は、私にとっては不十分。なぜなら、エゴを起因としたとしても十分なし得るから。

    人の行動、心理を事細かに分析して、パターン化して、誰にでも当てはまる行動様式を洗いだし、生命を抑圧する要素をそれに嵌め込んで紐解いていけば、この「愛の定義」は達成される。

    それは、一見あたたかいけれど、とてつもなく冷たい作業に思える。とてつもなく満たされない何かを感じてしまう。

    愛ってきっと、そんなものじゃない。

    そこに、おそらく自分はいない。いるのは何かの巡り合わせで現れた、きっと大切なのであろう、自分ではない誰かだけ。

    その人との関わりの中で、自分のことなど考えもせず、なーんもなく、魂素っ裸で向き合ってぶつかって投げ出して殴りあって血まみれになって死にそうになってぜーんぶ放り出して与えつくしてスッカラカンになって抱き締めあって泣いて叫んで笑って包み込み合う。

    愛ってきっと、そんな間に在るものだ。

    自分なんて、どうなったって構わない。

    傷ついても、血まみれになっても、死にそうになっても、死んでも、忘れられても、世界中から罵声を浴びても、憎まれても、誰一人自分を認めてくれる人がいなくても、どこまでも孤独に地獄に落ちても、そんなこと知ったことかと一笑に臥す魂にこそ、私は愛を見る。

    そして、私はそんな人を知っている。

    ぶつかりあって、罵りあって、戦って戦って泣いて泣いて、削ぎ落としあって、見つけあって、抱きあって、また泣いて、包み込みあって、守りあいながら生きる人が私にはいる。

    それも一人じゃない。多くはないけど。

    私にとって、愛ってそういうもの。

    理屈、理論、パターンで嵌め込むのは悪くないと思う。問題は、その奥にドロドロの「エゴ」が隠れていないかどうかなんです。

    人ってそんなにバカじゃないです。

    エゴでは魂は救われない。お腹は膨れても、魂は無理。たとえそれで一見救われたように見えても、どうにもならない不快感や不調や違和感のようなものとして、確実に残る。

    愛って、たぶん、スッキリしてる。

    シンプルで、すごくスッキリして、一番深ーーいところに当たり前のように落ち着いていて揺るがず気取らず主張もなく、ただ在るだけで、生きていけると自然と思える。

    そして、それは生まれる前からずーっとあったことに気づき、大切な人と綺麗事でなく関わりまくり続ける中で育ててきたもの。

    私にとって、愛ってきっと、そういうもの。
    | つぶやき | 08:27 | comments(0) | - |
    願うこと
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      怖い時代だ。本当に。この怖さがきちんと認識されるまで、一体あとどれくらいの時間がかかるんだろう。無視して当然だったもの、認識すらされず存在感も極めて薄く、さほど影響することもなかったものが、強力に浮かび上がって、確実に人と世界を動かしている。過渡期、転換期の不気味さ。怖い。

      世界のやさしさはあくまでデジタルだ。その前では、人が勝手に決めた善悪だの倫理観だのは、あまりに薄くさほどの力も持ち得ない。

      望むこと、願うこと。

      その中身など、世界にとってはどうでもいいのだ。

      似た者同士が集まって、自分の中の強力に意思表示している場所が強化されるだけだ。

      それを叶えることで、その人間がどうなろうと世界にとっては知ったことではない。すべて自業自得。どんなに悲惨な返り方をしようと、すべてお前が望んだことと片付けられる。

      どれだけ気づけるかだ。

      己の望みがもたらすものに。

      望みには善悪もへったくれもなく、己を引き上げもするし、蝕みもする。そして、それはもう、自己の中に閉じ込めて外へ影響させないようにすることはできなくなっている。

      自分勝手、自己中心的な願いを抱いたとき。たとえば「あの人いいな」とうらやましく思う。その裏にもしも「あんな人いなければいいのに」とか「痛い目見ればいいのに」などという気持ちが隠れていたりすると、世界はそれを叶えようとする。本人が意識しようとしなかろうと、世界はそう動く。

      そして、誰かを苦しめるよう動かした世界が己に返る。本人はなぜ自分が苦しんでいるかわからず、また、同じことを繰り返す。

      逆もしかり。「あの人いいな」と思ったとき。深い場所に「仲良くなりたい」「ああいう人になりたい。がんばろう」といった明るい純粋な気持ちがあれば、世界はまたそれを叶えようとする。そして、明るいプレゼントをたくさんくれる。

      自分の本質、深い場所が浮かび上がり、くっきりして、強化され、目の前に突きつけられる時代なのです。

      優しい人はより優しく、ゲスな人はよりゲスになってしまうよう世界が動いてしまう。そんな時代なのだと思います。

      今までと本質も仕組みも変わらないけれど、ひたすらそれが強くなっている。

      自分の心がそのまま映し出されるとはそういう意味です。

      それはシンプルだけど、とてつもなく複雑です。

      望み、願いは自分そのもの。

      強いものほど叶えられます。そして、己に返ります。我々の持つ善悪、倫理観などお構い無しに。

      そこに、きちんと己の姿を見つけ、見定め、必要があれば修正し、成長させていけるかどうか。

      人として、自然の一部としての本質的な力が試されている時代と思います。

      あなたの願いは誰かを傷つけるものではありませんか?あなたの願いが叶うことで、痛みを感じ涙を流す人はいませんか?

      あなたの願いは誰を幸せにしますか?その裏で泣いている人はいませんか?

      きれいな願いの裏に、惨めでゲスな思いは隠れていませんか?

      すべて自分に返ります。

      自分の思いが、すべて返ってきます。

      自分を守りたかったら、関わる人たちも同時に守れる願いを持つことです。

      良いことも悪いことも、すべて等しく返ります。

      本当に、怖い時代です。
      | つぶやき | 11:10 | comments(0) | - |
      フレグランス
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        最近、自分へのご褒美にフレグランスを買うようになりました。いただいたものもあるのだけど、今のコレクションはこんな感じ。




        もともと香水はもちろん、アロマ、お香などなど香りが好きなので、いろいろ試してはきたのですが、最近、やたら香水に詳しいお姉さま方と知り合いになり、その奥深さにはまってしまった次第です。

        若い頃は、あまり深く考えず、ボトルがかわいいという理由だけで、アナスイとかベビードールとか、ただブランド名だけでグッチとか、美輪さんがつけているからダナのタブーとか、今考えると、青くて笑っちゃうようなことを平気でやっておりました。

        今は、少しは考えてつけられるようになってきたんじゃなかろうかとか思うよ!!!

        気温、気候、肌、メンタルのコンディション、目的、会う人、場所、たくさんの要素を絡めつつ、つけ方を工夫しているつもりです。

        普段は、ランコムのトレゾアをウエストの左右に1プッシュずつして、上にブルガリプールファムのトワレを軽くつけます。トレゾアはかなり濃厚でクセのある甘い香りなのだけど、ふんわりほんのり香ると、嫌みなく個性的な気品があって大好き。

        プールファムはあえてトワレ。職場にもほんのりつけていきたいので、首から上は、これを軽くつけます。奥に隠れたムスクと、華やかさを押さえつつ、上品でやわらかい甘さが、いろいろちょうどいいのです。

        勝負時、戦闘時はシャネルのココ。これはスイッチが入る。戦える香り。下手すると酔うくらい強烈な主張があります。貫禄があって良い意味で重厚。でも、華やかすぎず、奥ゆかしさもあって、一筋縄じゃいかかないぎっしり中身の詰まった大人の女って感じ。大変。

        逆に優しい気持ちでふんわり過ごしたいときは、ランバンのジャンヌ・ランバン・ラ・ローズ。バラの香り特有の粉っぽさや安っぽさとは全然違う、完成度の高い、とてもきれいなバラの香り。バラでは一番好き。寝るときも大抵これです。

        乙女なときは、ヴァンクリーフ・アーペルのレーヴ。甘すぎず、程よく爽やかで、とっても女の子な香り。ほんのりフルーティー、奥にそっとムスクが潜んでいて、清潔な官能があります。ボトルも、さすが五大ジュエラーの1つだけあって、センスのかたまり。ドキドキするくらいかわいい!

        和の装いなときは、ニナ・リッチのレ ールデュタン。さりげないけど、気品の漂う大人の香りです。これをつけるときは、身構えてしまう。今の自分につけられるかどうか、自問自答してしまう、難易度の高い香り。

        で、最近買ったのが、エルメスのナイルの庭。高いのでミニボトルだけど、ずっと気になっていたのです。ユニセックスなとーってもさわやかな香り。奥にさりげない甘さがあって、気持ちがやさしくすっきりする。これからの季節にパシャパシャ使いたいので、余裕ができたら、大瓶買います。

        現時点はこんな感じ。

        香りって大事。
        肌やコンディションと香りがハマっていると、何だか守られているような感覚になる。
        香り1つで、状態が大きく変化するので、とても楽しい。

        欠かせないアイテムになっています。
        | つぶやき | 13:55 | comments(0) | - |
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          助けて、と言いそうになってしまった。

          反省するのは全然違う。違うのだけれど、口をついて出そうになる、または出てしまった瞬間に、オートマチックにその時の感情に、自己嫌悪や自制といった名前の蓋をがっしり被せてしまうのは、もういい加減にしないといけないと思うのです。

          もういい歳だし、前より踏ん張りが効かなくなっているのも事実だし、ちゃんと助けてもらえる人間にならないと、たぶんここから先へは進めない。

          自分の感情や感性の振り幅は決して特殊なものでも、特異なものでもない。そう思っていたし、今だって少なからず思っています。

          でも、その振り幅が招いた悲劇の数も決して少なくなかったりするので、いつの間にか、蓋が強固に分厚く俊敏になっていた。大人って、そういうのがめんどくさいのよ。

          助けて。なんて。

          毎日言いたい。

          いつでも言いたい。

          助けて。

          なんて。
          | つぶやき | 23:35 | comments(0) | - |
          照り映え
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            凍てつく夜を知っている。


            黒より黒い黒の下で、どこにいるかもわからない、いるのかどうかもわからない誰かを探して、探して。


            とどまるよりはさ迷う方がまだましで。


            ただ動いているという、たったそれだけの事実のみが、寄りかかれる全てだった。


            どれだけ約束があろうとも、行き着く先はどこまでも「独り」だ。


            どれだけ約束を見つけても、必ず代償はついてくる。


            熱と痛みの混沌の中、浮かび上がってくるものは、大抵ロクなものじゃない。


            それでも、新たな約束を、私は望んでしまうのだろう。


            皮肉なもので、孤独を証明されるたび、新たな運命が現れる。


            そしてそれはきっと、とっても幸せなことなのだろうと思う。


            目の前にぶら下げられた祝福に、いつまでも踊らされ続ける小間使い。


            けれどそれもまた、他ならぬ私自身が望んだことなのだ。


            | つぶやき | 22:29 | comments(0) | - |
            好きなら好きって言いなさいよ
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              私はまがりなりにもヘテロの女なので、こういう女性に向けた「厳しめ」な文章を載せるのは、いささか考えもするのですが、むしろ女性だからこそ発信しなければならないことなのかも、とも思いまして。転載いたします。

              Facebookの「美的空間〜美しさは内側から〜」というページにあった文です。

              私の周りは、どういうわけか、男女問わず私よりも年下の若い子たちばかりたくさんいます。

              別に、自分に大層な人生経験があるなんて思いませんが、生きている年数が多い分、見えるものも、たぶんそれなりにあるのだろうと思います。

              その中で思うこと。

              何となく、みんな、自分のやさしさをちゃんと使えないんだな、と思います。

              ちゃんと、やさしいんです。みんな。

              でも、どこか表面だけさらってマニュアルに当てはめたような使い方をしていたり、きちんとやさしくするために相手の気持ちを想像しようとするけど、自分の器で推し量れないものであったり、キャパシティを超えてしまったり、想像しきれない自分の無力さを認識したくなかったりして、結局どこか誤解を生むような形でしか表現できなかったり、きちんと想像できていたとしても、相手にしっかり伝えられる引き出しがなかったりして、そこにたしかな優しさが作動して「相手を傷つけたくない」なんて思って、さらにその裏側にはちゃーんと「自分も傷つくのが怖い」という気持ちが根付いていたりして、起こる必要のない悲劇を起こしてしまったりする。

              とても、残念だな、と思います。もちろん、自分の経験も照らし合わせた上で。私も、何度も何度もそういう悲劇を起こしてきたと思います。

              でも、この年になって。

              ようやっと、ちゃんと心身ともに「女に成ってます」と胸を張れるような経験を積むことができた今、思います。

              大事な一言を大事に言う。

              これだけで、たぶん、大抵の悲劇は去っていきます。

              「好き」「大好き」「愛してます」「ありがとう」「ごめんなさい」

              たぶん、このくらいで何とかなります。

              相手の心が繊細であればあるほど、たくさんの言葉、たくさんのロジック、たくさんの感性が必要になってきたりもしますが、それも、たぶん、このシンプルな言葉をきちんと「大事に」使える人であれば、乗り越えられるんじゃないかと思います。

              女がきちんと女でなければ男は男になれません。

              女も同じ。

              男がきちんと男でなければ、女は女になれません。

              そして、それは、いつの時代も同時進行なのだと思います。

              二人でゆっくり、男と女になっていくんだと思います。

              今、若い女の子を見ていると、きちんと優しさを持っているのに、まるで素直じゃなくて意地っ張りで頭でっかちで独りよがりで表に出すのがへったくそなくせに一丁前に自己主張だけはきっちりしやがって、結果として全然ちっとも優しくない子が多いです。

              男の子を見ていると、優しいのに、馬鹿みたいに優しすぎて、相手も自分も傷つくことを避けようとあれこれ理屈をこねくり回し、何が言いたいのか着地点がまったく見えなくなり、結局自分のためにも相手のためにもならず、アダにしかなっていない子が多いです。

              でも、これはあくまで、私の周りを見て思うことで、場合によっては男女逆転も大いにあると思います。

              とにかく、みんな、傷つくことを恐れすぎる。ほんの些細なチクッとした痛みでも、本人にとっては重力万倍的な痛みに変換されたりするんだろう、などと思います。そして、その痛みをきちんと整理するためには、何より実践して、その都度学んでいくしかない。これは、もう、古今東西動かしようがない、地球のルールです。

              ちゃんと相手を見て、伝えあって、触れ合って、交わって、いたわって、愛おしんで、男と女になってほしい、そう思います。

              これから先の文章は、女性に向けて書かれていますが、もちろん男性にも思い当たることはたくさんあると思います。

              何か、響くものがあれば嬉しいです。

              私には、とても、響きました。

              ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

              あなたには今彼氏がいますか?
              好きな人がいますか?
              その人に何をしてもらいたいですか?

              忘れないで。
              男だってあなたと同じ人間だという事を。

              あなたが彼氏に望む事は、
              彼氏だって望んでいるはずです。

              あなたの事を好きな男なら、
              わがままも『可愛い』と言って
              受け止めるかもしれない。

              けれど、それを当たり前と思わないで。

              例えば告白。

              男は、好きな女ができた時、
              告白しようとしますが、
              女はどうですか?

              告白されるのを
              待っている人多いですよね。

              運良く好きな男から
              告白されて付き合えたなら、
              それだけで幸せなはず。

              それなのに、
              彼氏の事振り回してない?
              無理させてない?


              朝のおはようメール。

              彼氏からこなくて
              機嫌が悪くなる人いますよね?

              どうして?
              男から送らなきゃいけないって決まっているの?

              あなたが彼氏を待っているように、
              彼氏もあなたを待っています。

              男にはプライドがあります。

              『男のくせに…』
              『男なんだから…』

              そう思われるのが嫌なんです。

              だから男らしく振る舞おうとするし、
              貴女をリードするのに必死です。

              デートの誘い。
              送り迎え。
              プロポーズ。

              ほとんど男がする事ですよね?

              女は待っているだけでいいの?
              女に生まれたから?
              それってそんなに偉い事?

              リードしてください、
              とまでは言いません。

              せめて素直に甘えてください。

              好きだけど恥ずかしくて好きって言えない。

              そばに行きたいけど勇気がない。
              それは卑怯です。

              男だって恥ずかしい事もあれば、
              勇気の出ない時もあります。

              それでも、『俺は彼氏だから』と
              自分に言い聞かせて
              『こっちにおいで』と言ってるんです。

              返事をする事が
              そんなに難しいですか?

              彼氏に『好き』と言われて、
              『私も好き』と言い返すのが
              恥ずかしいなら、
              最初に『好き』と言った彼氏なんて、
              もっと恥ずかしいはずです。

              それでも、あなたの為に言っているんです。
              あなたの返事を期待して。
              だから貴女もその気持ちに応えてください。

              できれば、自分からも
              行動を起こしてください。

              『こっちにおいで』と
              言われて行くんじゃなくて、
              自分から『隣行きたい』って
              言ってもいいじゃないですか。

              キスもセックスも。

              『私は何もしなくても、彼氏がしてくれる』
              『私が言わなくても気付いてくれる』

              それは甘えです。

              喧嘩をした後…いつも泣いていませんか?

              貴女が泣けば、
              彼氏は慰めるはずです。

              その時貴女は素直に謝れていますか?

              彼氏だって、
              心の中ではまだ貴女の事を
              怒っているかもしれない。

              でも、泣いている貴女を見て、
              慰めなきゃって思うんです。

              だから貴女も、
              慰めてくれているのに
              『ほっといて』なんて言ってはいけません。

              喧嘩をしていたんだから、
              彼氏に腹が立っているかも知れませんが、
              それは相手も一緒なんです。

              女心は確かに複雑。

              単純な男には
              わからない部分だってある。

              だからこそ男は
              女性の気持ちをわかるのに必死なんです。

              あなたも男の気持ちを
              わかろうとしなきゃいけない。

              あまり冷たくされたり、
              振り回されすぎると、
              男だって病みます。

              『どうして俺はこれだけしているのに、
              向こうは何もしてくれないんだろう』

              『俺は好きだから
              色々してあげたいって思うのに…って事は
              向こうは俺の事が好きじゃないのかな?』

              深く考えると死にたくなる時もあります。

              貴女の気まぐれや、
              何げない一言でも、
              彼氏にとっては大事かもしれません。

              男は確かに単純で馬鹿なところもありますが、
              ある面では女よりもデリケートなんです。

              どうかわかってあげてください。
              わかろうとしてください。

              この世の全ては相互支援です。

              彼氏彼女も一緒なんです。

              もし貴女が一方的に優しくされて満足しているなら、
              それは本当の愛なんかじゃありません。

              貴女が本気で彼氏を愛しているなら…
              された事はやり返してあげてください。

              あなたも好きな人にして欲しい事も
              してあげたい事も、たくさんあるはずです。

              思っているだけじゃ伝わりません。

              気持ちを行動にしてください。

              手を繋ぎたい時に黙って待っているんじゃなくて、
              『手を繋ごうよ』と言ってみてください。

              きっと彼氏は積極的な貴女の姿に、
              喜んで手を繋いでくれるはずです。

              そこで冷たくするようなら、
              それは彼氏が悪いです。

              その時の気分で発言するんじゃなくて、
              もっとよく考えてください。

              これを言ったら彼氏はどう思うのか…
              これを言って自分はどうしたいのか。

              何をすれば自分が幸せで、
              何をしてあげれば相手が幸せなのかを
              追求してください。

              その為には、
              素直にならなければならない時もあるし、
              作り笑いをしなければならない時もあるはずです。

              幸せは二人で作るものですから、
              二人の協力がなければ始まらないのです。

              これを読んだなら、
              明日からは
              ちょっと積極的になってみてください。

              いつも『自分から』が慣れている男にとっては、
              『あなたから』がすごく嬉しいはずです。

              女性だから許される事って、
              世の中にはたくさんあると思います。

              世界は不平等です。

              でも、あなたと彼氏は付き合っているんだから、
              あなたも彼氏も平等なんです。

              『彼氏だから』、
              『私は女だから』、

              そうじゃない。

              あなたも彼氏も
              同じ一人の人間です。

              男として見る前に、
              一人の人間として彼氏と向き合ってください。

              逃げていても誰も幸せにはできませんし、
              自分が幸せになる事もできません。

              一緒に過ごせる時間を
              大切にしてください。
              | つぶやき | 21:16 | comments(0) | - |
              今年もありがとうございました
              0
                少し早いですが、今年の総括をば。


                2013年も、たくさんの方にたくさんたくさんお世話になりました。
                ありがとうございました。


                昨年の末に辨天堂を立ち上げて、woo★kaliveをやるようになって、少しずつ歌やラジオの依頼が増えて、歌い手として、思い出しきれないほどの経験をさせていただきました。


                このままじゃいけない。20年後、30年後、自分の人生こんなはずじゃなかったなんてセリフ絶対に言いたくない。そう思って、本腰入れて歌をやろうと思ったのが28歳の時です。今年はそれから5年目にあたります。


                1年1年とっても濃かったけど、今年は良い意味で本当に濃かった。充実していました。


                実は昨日、こっそりあるイベントに出演していました。わけあって告知はしませんでした。ごめんなさい。


                そのイベントは「アニめぐろ」。会場は「目黒ライヴステーション」。アニめぐろの忘年会ライブをやるというので、主催の川本さんからゲスト出演を頼まれて、こっそりと2曲ほどオケで歌ってまいりました。


                とても感慨深かったです。自分がスタートしたときのことを、いっぱい思い出した。いろいろなことがあって、出会いも別れもあって、歌えなくもなって。でも、またこうして戻ってくることができて。何だか、ごほうびをいただいた気分でした。


                素敵な出会いもありました。稲妻浴びてるみたいな。本当によかったな、私、がんばったんだって、素直に思える一日でした。


                出演後マネージャーと打ち合わせ。いろいろ今後のことをつめて、帰ったら化粧も落とさずに強制終了www幸せです。今日はこれから今年最後(になる予定)のスケジュールが待ってます。とっても楽しみ!!


                歌い手としてだけじゃなく、私一個人としても激しい一年でした。


                30年以上続いた家族内の冷戦が、とりあえずの終結を見ました。今までの生活の中で最優先事項だったことが何とかなって、やっと、問題の外に出ることができた。本当はまだまだ終わりじゃないんだけど、とりあえず、私がずっとやってきたことは、何とか形になって私は離れることができた。


                やっと、自分の人生が生きられる。何だかほっとしたような、泣きたいような、武者震いするような、そんな感じです。


                我慢もあきらめも、必要であれば、澱にならなければ、自分の力ではどうにもならないものであれば、受け入れられる。でも、そうでないものに関しては、やっぱり向き合わないと自分の心が蝕まれる。そして、そのうち身体までも侵蝕されていく。


                とりあえず、一つ、その可能性があるものをクリアできたことが、とっても嬉しいです。


                来年は、今年以上に忙しくなるような気がして、わっくわくしてる!


                一路八、がんばります。


                来年もどうか、あたたかく見守って下さいませ。
                よろしくお願いいたします。


                どうぞ、良いお年をお迎え下さいませ。
                心からの感謝を込めて。


                一路八拝
                | つぶやき | 11:33 | comments(0) | - |
                インスタントの恐怖
                0
                  現在、mixi、facebook、twitterに登録しているのですが、コミュニケーションツールが増えていくことに伴って、人がいろいろな場所に流れていくのについていけない…。

                  特に、今までメインだったmixiの過疎化がすごくつらい。あんなに賑わっていたのに。

                  うまく言葉にできないのだけど、インターネットを介したコミュニケーションに感じる、何ともいえない虚無感。...

                  ネット上に情報を流すことの虚無感が、今すごく強いです。

                  人とのつながりを、面と向かわず、目と目を合わせず、さらりと流して、割り切って、切ることのできるこのツールが時にとても怖くなる。

                  そんな空間に、自分の胸の内を流すことへの虚無感、恐怖。

                  このデジタル感。疑似感が、何だか肌にまとわりついてくるようでどうしようもなくなることがある。

                  どうやってもアナログな人の感情や感性が、ネットに流れただけで、とてもデジタルなものになってしまうような感覚に陥ってしまう

                  それが、悲しい。

                  どうしたらいいんだろう。

                  どうしたらいいんだろう。

                  15年前は、もっとインターネットにも血の通ったあたたかさのようなものを感じていたのに。

                  お気軽なもの、お手軽なもの、インスタントなものが、ものすごく、怖い。

                  簡単に発信できてしまうこの世界が、怖い。
                  | つぶやき | 23:08 | comments(1) | - |
                  見た目じゃないとかさ
                  0
                    その通りだと思います。
                    何でもかんでも出るのが見た目。

                    人は見た目じゃない、なんて大嘘と私は思っています。

                    人の運命と、生きた軌跡が具現化したのが「見た目」。...

                    どれだけ綺麗に見える人でも、外ばかり意識し続けた身体は、どうしようもなく人工的で空虚だし。

                    お肌も歯もぼろぼろで、身体も重そうに引きずっていても、笑うとまるで観音さまみたいにやわらかで、手を握ればふんわりしていて、眠くなる、そんな人もいる。

                    何を生活の軸にするかで変わるとは思うのですが、自分の内面が外を形づくってしまうことの怖さを意識して、隠せるものなど何もないと腹を決めて生きるのと、そうでないのとは悲劇的なまでに差がつくと思います。

                    でも、何より素晴らしいのは、そんなこと考えもせずに、にこにこ伸びやかに生きて、そこにいるだけで、周りがあったかく幸せな気持ちになってしまうような存在なのだけど。

                    意識しすぎもしなさすぎも難がある。

                    しかし、今の自分はとことん意識する時期です。いつ抜けられるか、気がついたら抜けていたって感じになってほしいな、と思います。


                     
                    人柄は顔に出て
                    幸せは目尻のシワにできる

                    理性は声に宿り
                    嘘は目に映る
                    ...
                    自信は姿勢を正し
                    歩く様はその人の生き方を暗示する

                    表情は今までの思い出を表現し
                    個性は着るものや髪型を変える

                    職は手に表れ
                    口は心の緊張を示す

                    結局、人間見た目に出てしまう。

                    あなたは今、どんな姿をしてますか?
                    | つぶやき | 00:08 | comments(0) | - |
                    心までは囲い込めないのに
                    0
                      jcomにてNHKのオンデマンドを契約しているので、毎日何かしら見ています。

                      ドラマだったり、アニメだったり、ドキュメンタリーだったり。

                      で、今日は気まぐれに江國香織原作の「カレ、夫、男友達」を見ていました。

                      その中に、「彼、元カレ、恋人、友達、夫、どうして人は名前をつけて人を囲いこもうとするんだろう。人の心までは囲いこめないのに」という台詞があって。

                      「結婚は人生の墓場」というのは、私にとって極めてリアルな感覚です。愛という言葉を大義名分に掲げた束縛、義務に縛られて擦りきれていく心、身体、何の耐久レースかわからない繰り返される不毛なやりとり。そんなものばかりが、幼い頃から私の周りで渦巻いていました。
                      ...
                      それがなければ今の自分はないとはいえ、おいそれと、誰かと人生を共にする選択ができないのが実状です。どんなに、いろいろ合う相手でも、ぶつかり合わないなんて不可能です。きちんとぶつかり合えればいいけど、それもまた難しい。

                      名前で縛って囲いこまなければ成立しない関係に、果たして実態なんてあるのだろうかと思ってしまいます。あるとすれば、やはり「学びの相手」となるんでしょう。

                      こんな自分を勉強相手にする人はたぶんいるのでしょうが、その仕組みが働いてくれるのは、まだ先のことだと思います。

                      今、ここで書いていることを、鼻で笑って、青いよばーか☆と言える日がきちんと来てくれるように、今の私はもがいています。

                      神はいい加減で理不尽でものすごくデジタルだけど、とっても優しいから、何とかなると信じることで、生きられています。
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