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おうち
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    ブログも無料携帯サイトもmixiも、アフィリエイトを中心としたネットビジネスが蔓延し始めてから廃れていった気がする。SEO対策のためにゴミのようなサイトが乱立し集客のための中身のないコメント、足あと、型通りのライティングが山のように溢れて一気に蹂躙された感じだった。


    15〜6年くらい前までは純粋な趣味で運営されていた手作り感満載の個人サイトを巡回するのがとても楽しかったのだけど、次々閉鎖されていって、私の個人サイトもブラウザのアップデートによってデザインが崩れるようになって閉鎖せざるをえなくなった。今になってとてももったいない気がしてる。


    何だか、町の小さな商店街が巨大資本を惜しみ無く投下された大型ショッピングモールに飲み込まれていく構図によく似ている。


    でも、そんな小さな個人商店てとても個性豊かで面白いのですよ。


    snsはいわば大きな集合住宅の一室を間借りさせてもらっている状態で、つながりがあれば自動的に情報が表示されるお手軽さはあるけれど、何だか最近つまらないのです。何というか、自由じゃないというか、やっぱり自分のおうちがほしいというか。所詮入り口にすぎないというか。


    だもんで、自分のおうちを作りました。


    http://iroha.pya.jp


    このご時世、個人サイトに来る人たちがどれだけいるのかという実験でもあるし、何より私が好き勝手に好きなことを一方的に発信したかった。


    wordpressとかhtmlとかフォトショとか久しぶりに触ったので、えっちらおっちらな感じでしたが楽しかった!


    やっぱりマイホームは居心地が良い。

    好きに発信していきたいと思います☆
    | つぶやき | 21:13 | comments(0) | - |
    おそれ
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      恐れを手放せ、という言葉はとても簡単に使えるものではないと思います。



      言った人が思う恐れと言われた人が思う恐れが同じとは限らないし。手放した方がいい恐れ、手放さないといけない恐れ、手放さなくてもいい恐れ、手放してはならない恐れがあると思う。



      さらに恐れは畏れでもある。



      これらを見極めるのはとても大変なことだし、きちんとできている人にあまりお目にかかれないし、間違えると結構大変なことになるので気をつけなければならないと思います。



      願いのほとんどは恐怖を出所としているのではと思っています。



      恐怖と向き合っているか、恐怖から目を反らしているか、恐怖があるのに気づいていないか、恐怖の原因を自分の中に探すか人のせいにするかでも願いの形は変わります。



      私は「おそれ」を大事にしたい。



      そこにはものすごくたくさんの「私」が詰まっているからです。

      | つぶやき | 10:37 | comments(0) | - |
      抑圧と反発と反動
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        私は痛いんだ!!傷ついてるんだ!!と叫びたい衝動なんて星の数ほどあったけれど、周りに迷惑かけちゃいけない、人はそれほど暇じゃない、落ち着け冷静になれ根っこを辿って黙って考え尽くせとことごとく抑え続けた瞬間の一つ一つが果たして幸せなものだったのかどうかでぐるぐる。



        だから音楽なんてやっている。



        当たり前と思って抑え込んできたものをありきたりの言葉で読みやすさだの文脈だの文法だの他者の視点だのまったく考えないで全身から噴き出させたい衝動。



        でもそれも、抑え込み続けた時間があるからこそ意味を持つんだと言い聞かせる。リハビリ。

        | つぶやき | 10:22 | comments(0) | - |
        現時点におけるSNSとの付き合い方について雑に考察
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          Twitterより転載。



          SNSの何が居心地悪いかというと「見られてる感」「見られてるかもしれない感」「誰も見ていないだろう感」「誰が見ているかわからない感」がどれも常につきまとってきて、気にしいな私と他人とか無関心な私のパラメーターが乱高下してとても疲れるところにあるのだと最近ようやく言語化できた。




          必要な情報だけ楽しんで、不快に感じるものは無関心スイッチオン、一切関わらない、なんて境地、そんなに簡単にたどり着けるものではないよ。不快を突き詰めるところにも物語は生じるし、それが誰かの役に立ってしまうことだってある。それがSNSの醍醐味でもある。問題は耐えられるかどうか。




          とりあえず、当たり障りのない言葉を小賢しく個性添加して選ぼうとする自分に飽きた。対策を考えます。




          大体私のコミュニケーション能力では、密に無礼なく誠意を持ってよそ行きにならずに気遣いがストレスなく自然発生できる関係を築けるのは現実的に2〜3人がいいところだと最近言語化。世間の常識はちくちくつつくし申し訳なさが吹き荒れるけれどできないものはできない。




          ーーーーーーここまでーーーーーー




          自分の発言に責任を持って、反応があれば誠意をもって対応する。社会の普遍的な不文律だと思います。




          ですが、SNSでそれをやろうとすると、よほど頭の切れる人か、サイボーグ並に感情を殺せる人か、よほど時間が有り余っている人でないとやりきることはできないと思います。




          人気のブロガーさんなどには、一切返信しない、コピペで返信、親しい人には返信といった対応が暗黙の了解になっていたりしますが、私は根っこにどんな関係であれ関わる人全てに一言一言練りに練って言葉を選び抜いて礼を尽くしたいという願いと、そうでもしてないといつ無礼をやらかすかわからないという身を切られるような危機感が根を張っていて、結局何も話さない、当たり障りのない言葉に変換して終わり、ということが非常に多く発生しています。




          が、んなこと当たり前。当然のことです。




          が、どうにも面白くない。つまらない。




          当たり障りのない言葉を選ぶしかない自分のつまらなさ、無能さにほとほと愛想が尽きているのです。




          自分の世界に何の疑問も持たず、否定されること叩かれることなど考えもせず、個性の吹き出すままに突っ走っていた時代が私にもあります。




          でも、その先には、当然のごとく「社会の洗礼」が待っています。




          私はそこで、足を止めてしまった人間です。




          自分の大事な世界に、誰かの言葉や視線や手足や、時には悪意が刺さることがこの世界には確実にある。走った速度や距離の分だけ反動がある。




          その先の痛みと崩壊と絶望と虚無と底のない沼、そして深淵。




          一度足を取られたら、そこから先は足掻いてもがいて、自分で抜け出し方を見つける以外に選択肢はない。




          また、よしんば抜けられたとしても、痛みや恐怖や危機感を知ってしまった自分は、もう前の自分とは似て非なる生き物になっている。




          が、それも当然。当たり前。それはもう爽快なほどに当たり前です。今さら公の場で論理展開するほどのことかわからないくらい当たり前ですがあえて展開しています。




          痛みを抱えたまま言葉を発信することの覚悟。




          誰かを慮って、最大公約数の言葉を発信することの優しさと思いやりと空虚さ。




          自分が面白いと思う言葉を溢れるままにだだ流したい衝動。




          そんなものがせめぎあっておそろしくにぎやかです。




          それでも、やっとここまで言語化できたことが嬉しいのです。




          怖いこと、もう経験したくないこと、できることなら見たくないこと、それをきちんと言葉にするのって大変です。




          私にとってSNSはとても大変な場所です。決して平和な場所には見えないのです。楽しく恐ろしい場所です。




          そういうと、訳知り顔で「あなたの心がそのまま映され物質化されているだけ」とか言う人が出てきますが、「あなたは自分の心に恐怖を見つけられないのか」と問いたくなります。私は恐れや畏れを見ない、見ようとしない人間にはなりたくない。恐怖があるから自律と安らぎと願いがある。




          その大変な場所と、これからどうお付き合いしていくか、鋭意検討中の今日この頃です。

          | つぶやき | 09:58 | comments(0) | - |
          発達障害のこと
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            発達障害の当事者でありカウンセラーである吉濱ツトムさんのTwitterを読んで、いろいろ吹き出してしまいました。


            @yoshihama_tさんのツイート: https://twitter.com/yoshihama_t/status/1028441633606447104?s=09




            声を大にして言いたい!


            何より、詳細な情報や知識を持つべき医師の無知や誤診や無神経な一言がどれだけ当事者を苦しめるか、もっと認識してほしい。


            医療系大学にいた時、周りと足並みが揃えられず、提出物が遅れたり、実習で足を引っ張ってしまったり、しどろもどろになったり、挙動不審になったり、突然手足が震えだしたり、泣き出したり、ということがよくありましたが、誰も私に発達障害があることを見抜けなかったし、学内での誤診による薬剤投与でまともに思考ができなくなったりした。


            発達障害の特徴と照らし合わせれば、すぐに解答が出るものを、根性論や一般論でことごとく片付けられた。


            私に発達障害があるのではないかとはっきり言ってくれたのは、医師でもカウンセラーでもなく、占い師の先生だった。


            特に目立った障害や、日常生活を送ることにさほどの不自由が見られない限り、日本の社会では「健常者」として扱われる。でも、それは裏を返せばこの国に蔓延する他者への無理解、無関心の表れなのではないかと思う。


            発達障害者、特にアスペルガー症候群の当事者は、内面が表に出にくい。感情にあった表情を自然に作ることが難しい。でも感情がないわけでは全然ない。乏しい表情の内側では、いつも感情がぐるぐる沸き立ってもがいて足掻いています。


            でも、よほど親しい間柄でなければ、そこまで察することはまずありません。


            最近になってようやっと、初対面の人に


            「表情を作ることが苦手です。感情を表すときにどこの筋肉をどれくらいの力でどの方向に動かすか全て計算した上で慎重に動かしています」


            「目を合わせることが苦手です。目を合わせることに集中しなければならないので、ろくに話を聞けなくなりますし、会話もできなくなります」


            「脳のスタミナがあまりありません。スタミナ切れを起こすと入ってくる情報を処理しきれなくなるので突然泣き出したりします」


            ということを説明できるようになりました。


            でも、話す度に胸の奥にあるとても大切な何かを自ら切り刻んでいるような、何ともやるせない感情を覚えます。


            せっかくの出会いがたち消えてしまうかもしれない、理解されないかもしれない、という覚悟で、一言一言絞り出すように伝えます。


            中には、理解している体で、あえて目を覗きこんでくる人もいます。本当に合わせられないの?できないの?とでも言うかのように。何の悪意もなく笑いながら覗きこんできます。


            その度に、心が壊れそうになります。理解を強要しているわけではありません。ただ、痛んでいる心が表に出てくれない現実がとてもつらいのです。


            発達障害はわかりにくいです。当事者同士は何となく感じるものがあり、あ、この人そうかも、と思うことも少なくありませんが、定型と言われる人たちからすれば何がどう違うのか、とてもわかりにくいのだろうと思います。


            だからこそ、せめて医療の現場だけでも、と思ってしまいます。


            人の心は強いです。でも、とても簡単に傷つくものでもあります。


            少しの理解、少しの知識で、傷つけずにすむ現場がたくさんあると思います。


            現に私も発達障害の勉強をし始めてから、人に対する接し方が幾分か変わりました。


            直接伝えることはありませんが、この人はもしかしたらそうかも、という人に出会ったとき、発達障害者の特徴を頭の片隅に置くことで気持ちの良い時間を過ごせたこともあります。


            100人いれば100通りの特徴があります。全てを知り尽くすことはおおよそ不可能だと思いますが、人を「自分の価値観という枠組み」に嵌め込まないためにも、知識、情報、は非常に大切です。


            それが、つけなくてもいい傷をつけてしまう悲劇を少しでも回避する一つの道だと、私は思います。
            | つぶやき | 11:26 | comments(0) | - |
            不自然な風
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              不自然な風がつらい。


              台風、満月、月食に加え、不気味なごろっとしたかたまりが撫でられたみたいに浮かぶ夕空。ひび割れて、分厚く太く濁って霞んだ空気は決して風になることはなく、ただのうねったかたまりとしてそこに“ただ”在る。


              6年前を思い出す。


              灰と黒と稠度のゆるいプラスチックが透過しながらゆっくり重くうねって巻いているような重力と磁場の檻。日々少しずつ拡大しながら侵食する。抗うことはあまりに無意味で、ただそこで呼吸する以外に選択肢はない。


              その中で私は静かに沈み紛れ沈み見えなくなって。


              私は私に届かなくなった。


              ひび割れた夕空は嫌いだ。


              重く濃くうねる空気のかたまりも嫌いだ。


              一万年前も一億年前もきっと、人の手など到底及ぶはずのない自然さで、そこに当たり前のように存在していたに違いないと、そう信じることのできない空は。


              この空が生まれることで傷つく誰かがいるかもしれないことを。


              道端の一房の雑草にも物語があるのだということを。


              まるで呼吸するかのように気づかないでいられる存在があると。


              逃れようもなく突きつけてくるこんな割れた空は。


              嫌いだ。
              | つぶやき | 23:50 | comments(0) | - |
              「永遠」の先
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                繋がれた約束の影にはいついかなるときも、限りない優しさと、確定されきった非情さが背反せずに同時に在る。

                だから、人はいつまでもいつまでも繰り返す事ができてしまうのだろう。

                「永遠」ばかりを探し続けた十代の頃。永遠など存在しない、という事実のみが永遠なのだと、青い小娘はうちひしがれた。そして、そこから繋がる道の名前を絶望と呼ぶのだろうと、甘い嫌悪と陶酔に沈み込んだ。

                しかし、それから20年経ち、その先にも世界は存在してしまうのだということを知った。知らざるをえなかった。

                私もまた、繰り返す存在だ。

                何度でも。

                何度でも。

                繋がれた約束は限りなく甘い。

                解釈よりも甘い。

                そこから先は、満ち足りた地獄。

                地を知らなければ天もまた遠い。

                そしてまた。

                繰り返す。
                | つぶやき | 21:29 | comments(0) | - |
                中退話(2)
                0
                  前回の続き。

                   1回目の中退を経て、めでたく歯科衛生士になった私ですが、この歯科衛生士になった後で、とんでもない落とし穴にはまり込んでいたことに気がついてしまったのです。

                   大学には、自分の求める幸せはなかった。

                  だから、大学をやめた。

                  そして、自分で食べていく力を身につけるために歯科衛生士になった。

                  ここまではいいのです。ここまでは。

                  たぶん。

                  でも。

                  やっぱり、以前とどこかおんなじよーーーな疑問が立ちふさがり。

                  それは、私が求めるのはあくまで自分の心が満たされる「幸せ」で、食べていく力を身につけることがそうかどうかはまた別問題なんではなかろうか…ということ。

                   大体、私は父に疑問を持って大学をやめたのに、結局父にもんのすごく近い職業を何も深いこと考えずに選択してしまった。0から学ぶよりもお得だという打算でもって、近道と思って、向いていると思って選んでしまった。

                   学生時代は、すごく忙しくて、ありえないくらい毎日きつくて、勉強すること、覚えること、実習、レポート、考える暇もないくらいのスケジュールの押収で余計なことなどまったく考える余裕もなく、勢いであっちゅう間に卒業してしまったので、うっすらおぼろに疑問に思うことはあったような気がするのだけど、とりあえず、歯科衛生士に何がなんでもならなくては私に明日など来はしないと、必死こいてつっ走っておりました。

                  でも、実際卒業して歯科衛生士になってみたら、やっぱりつらくて。

                   何がつらいかというと、私は自分をどうしようもない駄目な人間と思っており、自分で自分を縛り上げないとどんどん駄目なやつになっていくと思い込み、自分で自分を24時間休みなく叱り続けていることに気づいてしまったから。そして、そこでは当然、幸せだなと満たされる思いになることなんてなかったから。

                   就職した先も、気がついたら、あえて自分にとって過酷な環境を選択していました。

                   卒後すぐに就職した先は、開業してまもない歯科医院でしたが、初日の午前中で前任の歯科衛生士が退職、院長と二人きりという環境に。何にもわからないので勉強のため、土曜日だけ別の歯科医院でアルバイトを始めましたが、身体がどんどんきつくなって、働くか食べるか寝るかしかできない生活に。

                  やっぱり悩んで病みました。

                  このままでは本末転倒だと。食べていけるかもしれないけど、身体がもたないと。

                  そこで、一度仕事を全部やめて実家に戻り、リセットすることにしました。

                   実家での生活は楽しかった。

                   父の病院で、歯科衛生士としてプロフェッショナルとして、一緒に働けることが何より嬉しかったし、充実していました。幼い頃はわからなかった病院の中の設備や器具が、手に取るようになじんで、父とも専門的な話から、映画、文学、時事問題、たくさんのことを毎日話して幸せでした。

                  ああ、やっぱり歯科衛生士になってよかった。全然知らなかった父の顔を、たくさん見ることができた。知らなかったら絶対理解できなかった父の領域が、こんなに近くなった。東京での暮らしはつらかったけど、もっと力を身につけて、生活に余裕ができてきたら、好きなこともたくさんできるようになるはず。がんばろう。

                  そう、思えるようになりました。

                  そして、実家で過ごして3ヶ月経った頃、歯科衛生士学校の先輩より、東京にある総合病院の歯科室で入院患者専門の歯科衛生士を募集しているという話をいただき、飛び乗りました。

                   普通の開業医では決して経験することのできない、ベッドサイドでの口腔ケア、リハビリテーション等を学べるということを聞き、身につければ絶対武器になると思ったのです。

                   実際、就職は決まり、今まで全然接することのなかった領域で働くことになりました。

                  ものすごく刺激的でした。落ち込むこともいっぱいあったし、たくさん泣いたけど、それ以上に勉強になることが多かった。生死が直接関わる現場で、わずかでわずかで泣きたくなるけど、自分にもできることがある、そして少しずつそれが増えていくのが嬉しかった。

                  そんな矢先、自分の母校が専門学校から4年大になるので、編入試験を受けてみないか、というお話がやってきました。

                  すんごく揺れました。

                  ものっそい揺れました。

                   人の心って、こんなに揺れるものなのかと思うくらい揺れました。

                  それまでは、大学のことなんてすっかり流れて、ほとんど考えることもなく生きていました。それどころか「大学なんて」と、斜に構えて生きていた。

                  それが、その時やっていた仕事のこともあって、もっと勉強してみたいと、大学にもう一度入ってみたいと思ってしまいました。

                  でも、きっとそれは表向きの綺麗事で、本当は、やっぱりたしかめたい気持ちが残っていたのです。

                   父の言う「幸せ」とは何なのかを。

                   編入の話が来たのは東京医科歯科大学。ここは父にとって入りたくても入れなかった憧れの大学でした。

                  ここに入って、卒業することができれば、何か見えるものがあるかもしれない。

                   小さい頃から信じ続けていた幸せを感じられるようになるかもしれない。

                  やっぱり、私は父が大好きだったんです。

                   決して後悔はしていないけれど、少なからず父を悲しませてしまったことがつらくて、互いのためとはいえ父を否定するしか道を見つけられなかった自分が悔しくて、父を信じたくて、信じた自分を肯定したくて、父の夢を叶えたくて。そう、勝手に思い込んでいて。

                  そして、また、自分で自分を縛り上げてしまいました。

                   編入試験はとても難しく、倍率も高かったけれど、何とか通ることができました。自立生計者ということもあって、授業料も全額免除してもらえましたし、同級生も様々な経験を持つ優秀で、人間的にも尊敬できる人たちばかりで、順風満帆なスタートでした。

                  でも、そこから先は。

                  また、同じことの繰り返しでした。

                  もちろん、小さい頃に描いた幸せの形などありませんでした。

                   毎日の通学、講義が苦痛になり、人と話すのも会うのも死にそうになるくらい苦しくなって、結局自分は勉強には向かない人間なのだということを嫌というくらい思い知らされただけでした。

                   耐えられなくなり休学すること2年間。

                  ひたすら自分と向き合いました。

                  バイトして貯めたお金でいろいろな場所に行きました。自己啓発的な何か、ネットビジネス的な何か、いろいろ手を出して、自分が本当は何がやりたいのか、何に向いているのか、何で生きていきたいのか、模索しまくりました。

                  たくさんの人と出会いました。そして、少しずつ自分が捕らわれていたものが浮き彫りになり、向き合う力を感じられるようになり、心が軽くなっていきました。

                   私は自分で自分を生かし活かすということに、ものすごく自信がなかったのです。

                  やりたいことなんて、山ほどありました。

                   小さいころに描いた夢なんて、数えるだけ無駄なくらいありました。

                   毎日毎日、違う夢を描いては一人で楽しんで笑っていました。

                  やりたいことなんて、いつもそばにあって、いつも知っていました。

                  でも、わからないフリをし続けて、どんどんぼやけてわからなくなって、わからなくなっていることもわからなくなっていた。

                   私は表現がしたかった。

                  お芝居でも、詩でも、音楽でもなんでもいい。

                   自分の中にある無数に散らばった、キラキラしたりドロドロしたり、どこか傷んでいたり、凛としていたりする、たくさんのたくさんのカケラを、あるべき場所に安置して何かの形にして外に送り出して、そして成仏させたかった。そんなことがしたかった。

                  ずっとずっと、それだけが、したかった。

                  でも、それで自分の生命をちゃんと維持していけると思えなかった。

                  お金になると思えなかった。

                  だから、逃げた。

                   逃げ続けて、病んだ。

                   父に教えられたことを傘にして、私はずっと自分に自信がないことをぼかして蓋をして隠し続けて生きていた。

                   苦しかった。苦しかった。そんなこと、バカバカしすぎて苦しすぎた。

                  そんな自分を追い込むために、本当の自信を身につけるために、父の憧れてやまなかった大学をやめようと思った。

                   大学2回中退。

                  この事実を掲げて、胸を張って生きていこうと思った。

                   私は散々無茶してお金もかけて痛い目を見ないと、自分に嘘をつき続けているという至極簡単なことにも気づけないバカだけど、どんなに後ろ指さされたって、白い目で見られたって、訳知り顔で無責任に哀れまれたって、絶対自分のことは裏切らない。自分の心を無下にすることはない。私は自分を大事にしてる。

                   2回中退したことは、その証。

                   中退するにあたっては、学校側からはやたら引き止められたけど、不思議と父とはもめませんでした。とてもあっさりしたものだった。

                  ここに来て、私は本当に父と分かり合えた気がしました。

                   「大学」というものをツールに、私は30年近くもかけて、父、家族と向き合いました。

                  そして今、本当に自分がやりたかったことを、大好きな人たちと共にやっています。

                   無理なくストレス無く働ける最高の職場で歯科衛生士を続けながら、自分を生かしてくれるこの仕事に心から感謝しています。

                   歯科衛生士という仕事は父の人生がくれたギフトです。

                  そして、音楽は、父が浮き上がらせて向き合う力を鍛えてくれた生きるための力そのものです。

                   父は見事に、人生を動かす車輪を二つ、バランスよく与えてくれました。

                   父が大好きで、信じて、自分を好きになりたくて、信じたくて、そうして歩いてきて、今はとっても仲良しになりました。

                  だから、私は胸を張って歌を歌っていけるのだと、思います。

                  ここまで来て、音楽というスタートラインに立てていることを、この上ない幸せと思っています。

                  これが、私の大学中退話。

                   最後まで読んで下さって、ありがとうございます。
                  | つぶやき | 01:22 | comments(0) | - |
                  中退話(1)
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                    私は大学を二回中退しています。

                    一回目は弘前大学教育学部小学校教員養成課程、二回目は東京医科 歯科大学歯学部口腔保健学科。二つともいわゆる国立大学というや つです。

                    これを言うと、大抵驚かれるのですが、私自身驚くことでもなんで もないので、ちょいと書いておこうと思います。

                    なぜ、大学を中退したのか。

                    それは、自分がどういう人間なのかがわかってしまったからです。

                    一回目に入ったときは、とにかく「大学に入ること」が目的でした

                    私は物心ついたときから、「たくさん勉強をして、いい高校に入り 、いい大学に入り、いいところに就職すれば幸せになれる」という 教育を父から受けて育ちました。それが小さい頃からの私の至上命 題でした。

                    私は父が大好きです。大きく、賢く、優しく、楽しく、奥深く、誰 よりも情け深く、周囲からの信頼も厚く、父の娘として生まれて幸 せを感じなかった日は今現在において一日たりともありません。

                    そんな父から、「大学に行けば幸せになれる」なんて言われ続けて いたものですから、ひたむきにそれを信じ続けていたのです。

                    でも、それを信じる反面、いつも私の胸には疑問がありました。

                    なぜかわからないけど、父の言うとおりにすると友達が離れていく のです。

                    小さい頃からそれはずっとあって、父の薫陶をもとに行動すると、 自分では全然その気がないのに、妙に偉ぶった人間のようになって しまうのです。特に高校時代はひどいいじめに合ってボロボロにな りました。もう、わけがわかりませんでした。

                    耐えられなくなってあえて父の言うことに逆らうように、勉強をきっぱりやめ、父の嫌がっていた演劇に手を出してのめり込んで、一丁前に反抗期を送りました。

                    そうしたら、つらくてしかたのなかった学校生活が、途端にとっても楽しいものに変わりました。

                    これは一体なんぞやと。

                    父の言うことは間違っていたのかと。

                    勉強すれば幸せになれるのではなかったのかと。

                    勉強やめたら楽しくなったぞ、なんだこれ、と。

                    思えばこの時、ちゃんと気づいた自分の感覚に自信を持って、正直に進んでいれば、大学なんて行かなかったと思います。

                    私は勉強が大嫌いで、学校が嫌いで、満員電車(電車通学だったの で)が大嫌いで、制服が嫌いで、人の気持ちのわからない理不尽で 居丈高で知ったかぶりをする教師が大嫌いで、理解のないクラスメイトと接するのが苦痛で苦痛でしかたなくて、本を読んだり、音楽を聞いたり歌ったり、お芝居したり、詩を書いたりするのが大好きで、寝たいだけ寝ていたかったし、感覚を共有することができる人 とだけ接していたかったし、家と本屋とCD屋とレンタルビデオ屋と服屋とコンビニとミスドと芝居の稽古場と劇場以外行きたくなか った。

                    そんなこと、とっくに気づいていたし、これを果たそうとするなら大学なんて行くのが間違いというのもたぶん薄々気づいてた。

                    でも、私は確かめたかった。父の言うことは本当に間違っているの かどうかを。

                    そして、怖かった。

                    小さい頃から刷り込まれてきた幸せの形から外れることが。

                    経験もしていないことだけど、自分には大学に入ること以外「幸せ 」として描けるビジョンがなかったのです。それ以外の場所で生きていける自信が全くなかったのです。

                    だから、大学に入りました。

                    ろくに勉強をしていませんでしたし、プライドだけは一丁前でしたから、国立大学以外入りたくはありませんでした。結果、一浪し、センター試験がギリギリでも何とかなりそうだった弘大教育学部に、後期試験小論文のみでハッタリ同然に滑り込みました。

                    そして、入学後。

                    やっぱり気づいてしまいました。

                    ここに「幸せ」はない、ということに。

                    特に勉強したいことがあったわけでもない、ただ国立大卒という肩 書きでもって「幸せ」になりたかっただけ。んな世間知らずな小娘の甘い考えなど、まったく興味のわかない講義がところ狭しとプリ ントされたシラバスの前に滅多打ちにされました。

                    お父さんの言うことはなんだったんだろう。

                    彼が描いていた幸せの形ってなんだったんだろう。

                    彼は私をどんな人間と思っていたのだろう。

                    父は私の何を見ていたのだろう。

                    私は何を幸せと思っていたのだろう。

                    私にとっての幸せってなんだろう。

                    幸せってなんだろう。

                    考え続けて病みました。

                    引きこもり、という単語がちょうど出始めていたころに、先陣切っ て突き進むような生活になりました。

                    そして、出た結論は二つ。

                    「父と私はたぶん違う」

                    「ここにいても何にもならない」

                    腹をくくるまで2年かかりました。そして、その間に溜まりに溜ま った澱をエネルギーにして、大好きな父と大喧嘩しました。

                    家族も周囲も巻き込んでの、私にとっては一世一代の大勝負でした

                    言いたくないことばかり、声を張り上げてぶつけました。泣いて叫 んで暴れました。

                    「大学をやめる。ここにいたって何にもならない。私は幸せになれない。お父さんと私は違う。生まれた時代も考え方も価値観も全然 違う。お父さんの思う幸せが、まんま私の幸せにはならない。誰も悪くない。違う、ということが悲劇だっただけ。でもそこから目を背けてごまかし続けて生きることが強くて良いこととは思わない。 そこに幸せはない。私は今をごまかして、10年後、20年後、老後になって人生こんなはずじゃなかったなんて言いたくない」

                    けれど、父は首を縦に振りませんでした。

                    私は、それでいい、と思いました。それでこそ、私の大好きなお父さんだ、と。だから、私はお父さんが大好きなんだと。

                    そして、大学をやめた後の道として、自分で自分を生かし食べていく力をつけるため、歯科衛生士になることを決め、勝手に学校を決 め、勝手に受験し、そして案の定合格しました。

                    私の父は歯医者です。歯科医療は、生まれたときから私のすぐそばにあり、高校生の頃から助手のバイトもしていたので、とても身近なものでした。

                    今思うと、ここでも自分への自信のなさが出てしまっていたのですが、すぐにでも社会で食べていける力がほしかった私は、少しでも アドバンテージのあるものを選択したのです。

                    また選んだ学校が、小賢しくも、かつて父が憧れていながら入ることのできなかった大学の附属学校でした。ここなら、父も文句は言えまいと。

                    ここまで整えた上で、父に再度直談判し、大学をやめ、上京し、めでたく歯科衛生士になったわけです。

                    この頃にはすでに大学への思いは流れて、父とぶつかって、自分を見つけて、食べていく力を自力で身につけることができた達成感でいっぱいでした。

                    私、がんばった。よくやった。そう、自分で自分に言い聞かせられ るようになっていました。

                    けれど。

                    幼い頃から刷り込まれたもの、家族への思い、そして自分という人間がどんな生き物なのかということは、そんな底の浅いものではありませんでした。

                    今の時代、大学中退も一度だけなら、そんなに深い傷にはなりませ ん。

                    でも、それが二度続くとなると、世間の見る目は一変します。

                    それでも、私が選択せざるをえなくなってしまったのはなぜだったのか。

                    続きはまた次回。
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                    小人のささやき
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                      ぼくがいちばん好かないのは、
                      “あたしなんか”という女性だね。
                      屈折している。
                      “あたしなんか”といいながら、
                      その実、相手に、
                      “そんなことないですよ”
                      といってもらいたいんだ。
                      (岡本太郎)

                      私もこういう女です。
                      どうしようもないです。

                      だから、歌なんぞ歌ってないとやってらんないんです。

                      でも歌だけだと、ただの痛いだけの人とになって、また生きるのが辛くなるので、歯科衛生士なんぞやって、ひたすら事実と現実を直視する、まやかしなんぞ存在できない場所に身を置きます。

                      いったり来たりしながら「あたしなんかって言ってれば傷は軽くて済むかもよ」と囁いてくる嫌らしい小人と付き合っています。

                      自覚があった上で、学びを重ね、自分を成長させることができるのなら、「あたしなんか」もきっと悪くはない。

                      自覚なく計算高い、態度と中身が裏腹な輩を見ると、たまにはっ倒したくなりますが、それもまた鏡合わせというやつで。
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